2015年4月19日、日曜日午前8時、最も過酷なレース、宮古島トライアスロン大会2015の号砲が鳴る。感動のフィニッシュを夢見て、1474名の屈強な鉄人・ストロングマンたちが今、走り出す。
天候不良の為、水泳競技中止となり、競技はデュアスロンとなった。デュアスロンとは、ファーストラン(6.5km)、バイク(自転車ロードレース157km)、セカンドラン(42.195km)を順に行い、タイムを競うもの。本来の宮古島のトライアスロンルールはスイム3kmから始まるところ、天候不良でスイムは危険であると判断し、急遽デュアスロンに変更。協議変更のアナウンスを聞き、エントリー完了の選手たちの表情は残念の色。しかしすぐに気持ちをリセット。スイム用のスーツからランニングウェアに着替え戦闘準備。ペースを守るための必須アイテムである時計のチェックも入念だ。
スタート時刻が一時間繰り上がり、小雨の振る中スタート地点には続々と出場選手が集まってくる。参加者の中にはピリピリとした空気を纏う人、同日の誕生日を祝う人、仲間とのゴールを約束する人、レーススタートの待ち方は様々で、笑顔や緊張感などが混じりつつ、選手たちのボルテージは徐々に上がってくる。
スタート直前。世界的オペラ歌手の中丸三千繪さんが国家を歌い、選手一同で「ワイドー」三唱(ワイドー=耐えろ・しのげ・頑張れの意)。練習の成果を出す瞬間が今まさに迫ってきている。
号砲が鳴り選手たちが一斉にスタート。招待選手、記録が期待される選手は前方からのスタート。そのストライドは力強く、風を切り裂く音が聞こえてくるような迫力。
スイム(3km)の変わりにファーストラン(6.5km)に、つまりデュアスロンになったからと言ってレースの難易度が下がるわけでは決してない。むしろ「悪天候」によって余儀なく変更されたレースであれば、その分ロードの過酷さも増すのは想像に容易い。
開始数秒後にはシューズは水浸しであり、気温も下がり、最高のコンディションでいられる時間などほぼないに等しい。
ロードレース(157km)の頃には雨も上がり始め、今度は気温も上昇しだす。自転車に乗り換えた選手たちが次々にステーションから飛び出していく。
宮古島のトライアスロンは「過酷さ」だけではない。自然の中を自由に、好きなペースで走り、思い切り楽しめる、そういったレースでもある。
トライアスロンはタイムを競い合うだけの競技ではないのだ。だからこそ、勝ち負けや記録に拘らず、自分の好きなようにゴールを目指すことができる。
自転車は坂にとても敏感で、視覚では感じられない坂でも、上り坂ではペダルがやや重くなったり、逆に下り坂ではやや軽くなることで、とてもゆるやかな坂の存在を知ることがある。一方、勾配5度の坂は分度器を見ると大した坂でないように思われるかもしれないが、自転車には非常にきつい坂になる。勾配5度の坂が20mもあると、もはや坂の向こうは見えないほどだ。
そしてこの伊良部大橋。一体何度で何十メートルの坂なのだろうか。
海からの強風に煽られて非常に危険なコースだったため、タイムより安全に注意し、事故を起こさないように走る選手が多かった。トライアスロンは究極の生涯スポーツ。本物のトライアスリートは決して無理をすることはない。
エイドステーションでは水分やスタミナ補給、クールダウンのための水を含んだスポンジが配られる。このエイドステーションにいるスタッフはそのほとんどがボランティアで運営され、一生懸命選手をサポートする重要なセクション。長い経験を持つサポーターがいるこの宮古島のトライアスロンは選手たちにとっても心強い味方なのである。
そしてレースはセカンドラン(42.195km)に突入する。42.195kmと言えばフルマラソンと同じ距離。これまで総走行距離160km以上を走ってきた選手はたちにとって、ここからが本当の「自分との戦い」が始まる。
沿道からは応援の声援。手を振る観客に手を振り替えしたり、立ち止まってハイタッチをする選手、カメラに向かってガッツポーズをする選手もいれば、疲労がピークに達し、気力だけで足を前へ前へと進める選手もいる。
ゴール地点である宮古島市陸上競技場。上位の選手は獅子舞、地元の子らに囲まれて、この大会初のゴールテープを切り、月桂冠とメダルが授与される。
後続の選手が続々と競技場に入ってくる。制限時間直前、競技場は最大の盛り上がりを見せる。ボロボロの体で足を引きずるようにして入場した最後の選手に目頭を熱くした人は少なくないだろう。
ゴールは目前。選手の応援に駆けつけた家族や友人が横断幕やのぼりを持って選手と共に最後のストレートを並走する。選手はその応援の声を聞いて、残り一滴のガソリンも残さないほどのラストスパート。
午後20:30、制限時間いっぱいまで続々と選手がゴールし、1019名の選手の家族や友人と喜びあう姿が。ゴールすることができずリタイヤを余儀なくされた選手。制限時間までに間に合わなかった選手。参加したすべての選手の栄誉を讃える花火が打ち上げられ、その場にいた全ての人が夜空を見上げ喜びを分かち合い、2015年のトライアスロン宮古島大会が幕を閉じた。
努力すれば、誰もが努力の分だけ強くなれる。鍛えられたトライアスリートの姿がカッコいい。勝ち負けや記録に拘らず、自分のペースでレースを楽しめる。一種目のスポーツ競技よりも一緒にいる時間が長く、そして同じ苦境を共有しているため、ライバルであっても励ましあう関係になれる。一人ひとりにドラマがあり、これらすべてがトライアスロンの魅力なのかもしれない。完走した時の達成感は、何物にも言い代え難いほど、たまらないものなのだろう。
感動をありがとう!そして、来年こそはこの宮古島の美しい海を泳げることを願って。